ベトナムの農業コングロマリットHoang Anh Gia Lai(HAGL)が、2028年までに直営コーヒー農場を20,000haに拡大し、「世界最大の直営コーヒー農場」の樹立を目指す計画を発表した。2025年には売上・純利益ともに年間目標を大幅超過し、2026年には純利益が前年比87.6%増という強気の目標を掲げる。
ニュースの概要:HAGLの2025年実績と2028年戦略
HAGLの農業部門は2025年、厳しいコーヒー市場環境の中でも際立った業績を残した。
| 指標 | 2025年実績 | 2026年目標 |
|---|---|---|
| 売上高 | VND 7.43兆(約282億円) | VND 8.62兆(約327億円) |
| 純利益 | VND 2.24兆(約85億円) | VND 4.2兆(約160億円) |
| 売上目標達成率 | 134.8% | (前年比+16%) |
| 純利益目標達成率 | 201.1% | (前年比+87.6%) |
2026年の主要な拡張計画は以下の通りだ。
- コーヒー 7,000ha追加植栽
- ヤンバルクイナ(桑)1,000ha拡張
- 湿式コーヒー処理工場 4工場建設
- コーヒー抽出施設 1棟建設
- 10年以上ぶりの配当実施予定(VND 500/株、2027年AGM承認予定)
現在の農場はラオス(Attapeu、Champasak)、カンボジア(Ratanakiri、Stung Treng)、ベトナム(Gia Lai省)に展開している。創業者Doan Nguyen Duc(会長)は同社株式の約24.45%を直接保有する。
出典:The Investor – HAGL Bets on Coffee & Mulberry、The Investor – HAGL Targets Record Profit in 2026
なぜHAGLは直営農場モデルにこだわるのか
HAGLが「直営農場20,000ha」という規模の拡大を目指す背景には、単なる生産量拡大以上の戦略的意図がある。
最大の理由はEUDR(EU森林破壊規制)への対応だ。EUDRは2025年に施行が延期されたが、2026年以降に正式適用される見通しで、EU市場へのコーヒー輸出には「農場レベルのトレーサビリティ(追跡可能性)」の証明が義務付けられる。小農家から調達するモデルでは、何千もの農家それぞれのデータを収集・管理する必要があり、コストと複雑性が膨大だ。
直営農場であれば、生産地・栽培方法・収穫時期・処理工程のすべてを一元管理できる。EUDRへの対応は単なるコスト負担ではなく、「証明できる農場からのコーヒー」としてのプレミアム価格獲得のチャンスでもある。
もう一つの理由は品質の均一化と高付加価値化だ。今回発表された「湿式コーヒー処理工場4工場建設」と「コーヒー抽出施設1棟建設」は、バルクのロブスタ豆輸出から、処理・加工まで一貫した高品質製品への転換を示す。HAGLはコーヒーを「農産物」ではなく「加工食品」として売る体制を構築しようとしている。
ベトナムコーヒー産業の構造転換:バルク輸出からの脱却
ベトナムはブラジルに次ぐ世界第2位のコーヒー輸出国だ。ただしその大半はロブスタ種の生豆(バルク輸出)で、価格決定権は国際市場に委ねられてきた。
2026年第1四半期のベトナムコーヒー輸出価格は前年比16.9%下落したが、輸出量は増加した。これはまさに「バルク輸出モデルの脆弱性」を示している。価格が下がっても量で補おうとするため、土地・水・労働力の消耗が加速するが、利益率は改善しない。
HAGLの戦略はこの構造的問題への回答だ。
| 従来のベトナムコーヒーモデル | HAGLが目指すモデル |
|---|---|
| 小農家から調達・集荷 | 直営農場で一元管理 |
| 生豆(バルク)輸出 | 湿式処理・抽出まで垂直統合 |
| 国際市場価格に従属 | 品質証明によるプレミアム価格 |
| EUDRトレーサビリティが困難 | 農場レベルで全工程証明可能 |
ベトナムのコーヒー産業の全体像については、ベトナム農作物の主要品目と栽培技術|コーヒー・米・エビの生産戦略も参照してほしい。
「世界最大の直営農場」は実現可能か:規模の比較
HAGLが目指す20,000haという規模は、コーヒー農場として世界的に見てどの程度か。
比較として、ブラジルの大規模コーヒー農場(ファゼンダ)は一般的に数百〜数千haの規模が多く、1万haを超える直営農場は世界的にも珍しい。エチオピアの国営農場や一部の大規模プランテーションを除けば、20,000haという直営一元管理の規模は確かに「世界最大級」に匹敵する可能性がある。
ただし達成のハードルも高い。2026年に7,000haを追加植栽するとしても、コーヒーノキは植栽から収穫まで3〜4年かかる。つまり2028年の目標達成には、今年中から大規模な植栽を開始し、人員・設備・水利インフラを同時並行で整備する必要がある。HAGLの2025年実績(純利益目標201%達成)と、今回発表した設備投資計画は、この挑戦が資金面で裏付けられていることを示す。
日本のコーヒー輸入市場へのインパクト
日本はコーヒーの主要輸入国であり、ブラジル・ベトナム・コロンビアが主要供給国だ。ベトナム産はロブスタ種として缶コーヒー・インスタントコーヒーの原料に多用されてきた。
HAGLの動きが日本市場に与えうる影響は以下の点で注目に値する。
まず、トレーサビリティ証明済み原料の調達先としての価値だ。日本の食品メーカーはEUDRへの対応を間接的に求められるケースが増えている(EU向けの取引先を持つ場合など)。HAGLのような直営農場から「証明書付き」で調達できる体制は、単なる価格競争とは異なる価値を持つ。
次に、スペシャルティコーヒー文脈での利用可能性だ。湿式処理(ウォッシュド)工場の建設は、これまでベトナム産ロブスタに乏しかった「フルーティーでクリーンな風味」を可能にする。日本のスペシャルティコーヒー市場でベトナム産ウォッシュドロブスタという新しいカテゴリーが生まれる可能性がある。
まとめ:HAGLの賭けと農業ビジネスの未来
HAGLの20,000ha直営農場計画は、ベトナムのコーヒー産業が「量から質へ」転換する象徴的な動きだ。EUDRという外圧と、バルク輸出依存という内部的な脆弱性、そして農業の垂直統合による高付加価値化——これらが重なる2028年という時間軸での大勝負だ。
ベトナム農業への関心がある方は、ベトナム農作物の主要品目と栽培技術で産業構造の全体像を把握した上で、HAGLの動きを文脈に沿って読み解くことをお勧めする。